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2008年03月06日

思い出の地セビリア

ジッコ(zico)元日本代表監督が、フェネルバチェをクラブ初の欧州CL8強に導いた。UEFA杯2連覇のセビリアをPK戦の末に振り切った。

セビリアは1982年のスペインワールドカップでブラジル代表が一次リーグを戦った地、ソビエト、スコットランド、ニュージーランドを相手に3連勝で一位通過をしたところだ。

この三試合の中で、ジッコは、スコットランド戦で1点、ニュージーランド戦ではオーバーヘッドシュートなどで2点をあげている。

だが、この3試合でいちばん思い出に残っているゴールは、ソ連戦でエデルがあげたゴールだ。

ローマの鷹といわれたファルカン(Paulo Roberto Falcão)がスルーしたところにエデルが走りこみワントラップしてからのボレーシュート。

当時、黒蜘蛛ヤシンの後継者と言われていたソ連のキーパーダサエフが一歩も動けなかった。

そしてこの試合がいまもって「ブラジルサッカー史上、最も多くの人々を魅了したチーム」と称されている黄金のカルテット伝説の幕開けの試合だった。

エデールのスーパーボレーシュート(動画)
posted by 速報@動画 at 19:14 | Comment(1) | TrackBack(0) | コパムンディアル

2008年02月27日

ジュゼッペ・メアッツァ(Giuseppe Meazza)

ACミランとインターミラノの本拠地、サンシーロスタジアム。
別名、スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ (Stadio Giuseppe Meazza)。

10年以上前だが、ミラノ駅からコモ湖に電車に乗っていったことがある。

あまり記憶にないが、その途中にサンシーロスタジアムが右手に見えた。

独特の外観なので一目だわかる。

残念ながら立ち寄ることは出来なかったが、コモ湖に向かう電車の途中で、当時セリエC1だったコモのサポーターに遭遇した。

駅のホームで大騒ぎ、怖いくらいだった。電車には、一般の客とは隔離された車両に乗っていたが、騒いで歌を歌う声が聞こえてきた。

セリエC1のクラブでさえこの騒ぎだ、サンシーロスタジアムに集まるサポーターの熱気はおそらくものすごいのだろう。

今度イタリアを訪れることがあれば、ぜひACミランとインターミラノの
ミラノダービーを観てみたいものだ。
スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ (Stadio Giuseppe Meazza)
タグ:サッカー
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2008年02月19日

はじめての国立

初めて国立競技場でサッカーを観戦したのは、全国高校選手権第60回大会、決勝、武南対韮崎だった。

初めて行った国立競技場の大きさと、当時は日本リーグよりはるかに人気のあった高校サッカーの熱気で興奮したのを覚えている。

優勝したのは武南高校だったが、印象に残っているのは韮崎高校だ。

韮崎といえば、中田英寿の母校だが、このころの韮崎高校はまさに全盛期だった。

大柴、保坂、羽中田という強烈なスリートップがいて、人気もあった。

羽中田さんに関してはその後、車椅子の生活になったが、FCバルセロナにコーチ留学しているのがテレビで放映されたり、現在はカマタマーレ讃岐の監督として活躍されているのでご存知の人も多いでしょう。


この高校サッカーの決勝戦、実はサッカー部のほとんど全員が授業をサボって見に行きました。
後日、全員始末書を書かされました。
posted by 速報@動画 at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | コパムンディアル

2008年02月15日

ジュールリメ杯「Jules Rimet Cup」

ジュールリメ杯「Jules Rimet Cup」とは

Captain of 1970.jpg ワールドカップの創始者である「FIFA第3代会長 ジュールリメ」を記念して名づけられた。

 ジュール・リメ杯は、第1回大会のためにジュール・リメが私財を投じて著名な彫刻家、アベル・ラフレールに作らせた純金製のトロフィーで勝利の女神像がイメージされている。

 ワールドカップ大会で3回優勝した国は、ジュール・リメ杯を永久保持できると1950年の第4回大会で決められた。

 そして、58年スウェーデン、62年チリ、70年メキシコ大会の3度の優勝により、ブラジルが永久保持国になった。


ジュール・リメ杯の逸話
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2008年02月05日

フラメンゴVSリバプール

ジーコをはじめてみたのは、第2回トヨタカップ。
フラメンゴ対リバプール

当時、サッカー雑誌は、「イレブン」・「サッカーマガジン」・「サッカーダイジェスト」の三誌だけだった。

私は全部買って読んでいた。

特に「イレブン」は海外のサッカーの話題が豊富だったのでいちばん好きだった。

特に翌年にワールドカップスペイン大会を控えていたので、海外の有望な選手をたくさん紹介していた。

その中でジーコは、話題にたくさん上がっていて憧れの選手になっていた。

このフラメンゴにはジーコをはじめ、ワールドカップスペイン大会で超攻撃的サイドバックとして活躍するジュニオールなどそうそうたるメンバーが来日している。

試合は、ヌネスが2ゴールでMVPでもおかしくなかったが、それでも3ゴールすべてに絡んだジーコのMVPは誰もが納得した。

まさにジーコのための大会だった。




>>トヨタカップ動画をみる
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2008年01月30日

コパムンディアル

copa mundial !!

ワールドカップサッカーとの本格的な出会いは、1982年のスペイン大会、ESPANA'82だ。

当時、NHKで放送される全試合を録画するためにわざわざビデオデッキを今はなくなってしまった?、ヌマニューという家電量販店で買ってきた。

ちなみに、MEXICO'86を観るために衛星放送のチューナーを買った。

余談はさておき、エスパーニャ82は私にワールドカップのすばらしさ、楽しさを教えてくれた。

特に、ブラジル代表のジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾ、フランス代表のミシェル・プラティニ、ジャン・ティガナ、アラン・ジレースは印象的だった。


また、開会式と開幕戦がおこなわれたカンプノウスタジアムがあるバルセロナや、決勝戦の会場となったサンチャゴベルナベウスタジアムがあるマドリードなど、さっかーを通して世界中の都市やスタヂアムを訪れてみたいという欲求をかきたててくれた。

今でも1982年のあの一ヶ月は、心に残る思い出である。

アディオス、ムンディアルという言葉が忘れられない。
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2008年01月23日

世界のサッカーとの出会い

私の世界のサッカーとの出会いは、おそらく東京12チャンネルで放送されていた「三菱ダイヤモンドサッカー」だ。

司会に金子勝彦アナウンサーと解説に岡野俊一郎さんというコンビで世界のサッカーを放映していた。

司会の金子勝彦アナウンサーの「サッカーを愛する皆さん、ご機嫌いかがでしょうか?」は、今でもよく覚えている。

それと解説の岡野俊一郎さんの「サッカーはイマジネーションがたいせつだ。」という言葉が印象的だった。

当時の放送は、ドイツのブンデスリーガとイギリスのイングランドリーグ(今のプレミアリーグ)が中心だったと思う。

当時イングランドリーグは、「ラッシュ&ゴー」のサッカーで今のように洗練されたプレミアリーグとはちょっと印象が違う。

ケビン・キーガンやブライアン・ロブソン、グレン・ホドルといった選手が出てくるのはもう少し後のことだ。続きを読む
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2008年01月21日

サッカーは世界の言葉

サッカー、フットボール、カルチョ、蹴球、足球、・・・・・

サッカーは世界の共通の言葉です。

FIFAには国連よりも多い国と地域が加盟しています。

どこの国や地域に行ってもサッカーを知らない人はいないくらいです。

どこかに海外旅行に行くとき、その国や街の名選手を覚えていくとレストランなどで地元の人と交流がしやすくなります。

たとえ言葉が通じなくても、サッカー選手の名前を挙げるだけでなんとなく親しくなれます。

私も10年以上前に、イタリアに新婚旅行に行ったとき、サッカー選手の名前をたくさん知っていただけで、たくさんの人たちと交流を持つことが出来ました。

このブログではサッカーの話題を中心に、世界中の国や話題についてお伝えしていきます。
posted by 速報@動画 at 13:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | コパムンディアル
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